森林・林業白書はダウンロードで無料で手に入るようになっていますが、有料冊子を買うという学生がいたので「何のために?」と尋ねたところ、紙だと線が引けていいとのことでした。無駄な紙を使う人はアホだと信じている私でも、確かにPDFでは線が簡単に引けないなと納得しました。
森林・林業白書を公務員試験対策に役立てるというのは昔から林学系の学生がよくやっていることです。しかし、森林・林業白書を読んでいると、これでは日本の林業の状況が全然よくならないのは当然だなと思います。
その理由は、林野庁に過去の過ちに対する反省が全く見られないことです。森林・林業白書の中には過去の失敗に関する記述も、それに対する反省の言葉も何もありません。ただ、日本林業の中では例外と呼ぶべき成功例を大きく取り上げ、日本林業のバラ色の未来を予見させる脳天気な記述があるだけです。
人間のすることは間違いが避けられないので、過去の失敗から全力で学びながら今を生きていくしかありません。過去の失敗に目をつぶって、その原因を追及しなければ、同じ失敗を繰り返すことになってしまいます。過去の失敗を認めることは決して敗北ではないのに、日本の官僚組織にはそれができないようです。
日本の林業機械開発も同じですね。いったい誰が何に使うのだろうか?と思ってしまう機械が林野庁の補助金で開発され続けた結果、日本の林業機械化が先進国最低水準にあるのは間違いないと思っています。
日本のような山岳地形では最も活躍が期待されているのに、生産性は頭打ちで使えないとの烙印が押されているタワーヤーダやスイングヤーダについて解決すべき問題の所在を明らかにする歴史の総括は一度でも行われたのでしょうか?
林業機械に限らず失敗から学ぶというのはものづくりには欠かせないものであるはずです。林業機械開発の歴史を総括して過去の失敗から学ぶプロセスがなければ、いくら巨額の費用を投じても日本の林業機械開発は再び失敗に終わるだけでしょう。
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