2017年1月20日金曜日

和製英語から考える集材技術

 日本には、英語を母国語とする国では通じない和製英語が氾濫していますが、それらはすでに日本語の一部として完全に定着しています。この前新宿の街を歩いていたら「まもなくタイムセールが始まります!!」と売り子の声が響いていましたが、そんな言葉に釣られてお店に入ってみると、「PRICE DOWN」という赤札が貼られていました。もちろん、「タイムセール」も「PRICE DOWN」も和製英語です。和製英語は英語学習の障害にはなりますが、絶対的な悪というわけではなく、そういう言葉の中にもよく考えたなあと感心するような言葉もあって、言語学の観点から研究してみたくなる私にとっては興味深い存在です。「コインロッカー」や「コインラインドリー」という言葉は典型的な和製英語として知られていますが、実はアメリカやオーストラリアの街角で見かけることもあり、そういう言い方もありなのだろうと思っています。言葉というものは、人によって、国や地域によって、時代によって正しかったり正しくなかったりする曖昧なものであるという認識が必要だと思っています。言葉に絶対はないという前提で、この後の話を読んでいただければ幸いです。

 集材技術の勉強をしていると英語を語源とする様々なカタカナ言葉を目にすることになりますが、これはどうなのかと思う言葉がいくつか存在しています。架線集材のメインライン(日本語では「引寄索」)はしばしばホールラインと呼ばれていて、「HAL」という略語が与えられていますが、私はこの言葉を海外で見たことも聞いたこともありません。日本ではあまりに一般的な言葉なので、いくらなんでも和製英語ではないだろうと信じていたのですが、半世紀近い人生の中で見かけることはなかったので、私の心の中で和製英語と認定するに至ったものです。ホールバックライン(日本語の「引戻索」)という言葉は英語でもふつうに使われるのに、どうしてホールラインはないのだろうか?と考えてみました。私なりの答えは次のようなものです。英語のhaulという言葉の日本語訳はしばしば「引く」となっていますが、その言葉の意味は日本語の「引く」とはニュアンスが異なっています。日本語では引くは自分自身の方向、つまり手前にモノを動かすことであり、その反対は「押す」で自分自身から離れる方向にモノを動かします。ところが、英語のhaulはモノを動かす向きについては何ら示しておらず、どちらにhaulしてもよいのです。日本語に訳すならば「引く」というよりも方向性を持たない「引っ張る」「牽引する」が適切でしょう。Longmanにはhaulの意味として以下のように書かれており、引っ張る対象が重いものであるという定義もありました。

to pull something heavy with a continuous steady movement

haulという言葉だけでは方向を示していないため、手前に引っ張るならば「haul in」、その反対は「haul out」と言います。戻す方向に引っ張るならば「haul back」です。ホールバックラインという言葉があるのだから、その反対はホールラインだろうと昔の人が安易に考えてしまったのではないかというのが、ホールラインという言葉が存在する理由として私が考えている仮説です。もちろん、先に書いた通り言葉に絶対はないので、昔ヨーロッパかアメリカの誰かがホールラインという言葉を使っていて、それを日本語に導入した研究者がいた可能性も十分考えられます。

 ホールラインと並んで私が疑問に思っている言葉が、今日たくさんの日本語の文献に見られる「スナビング式」という索張り用語です。「snubbing system」という言葉が英語に存在しないと主張しているわけではありませんが、現代において「死語」に近いものであり、その意味するところにおいても日本では誤解があるのではないかと考えています。「スナビング式」は山から谷筋の道路に材を下ろす索張りとしてしばしば使われる索張りで、単胴集材機を人力であるいはそりを使って山の上まで引き上げ、それによって下げ荷集材を行います。スカイラインとメインラインで構成される単純な索張りで、吊り上げた材を重力によって高速で麓まで運び下ろすことができます。ただ、単胴集材機を山の上まで運び上げる作業があまりにたいへんで、架設には多大な時間を要し、オペレータは毎日山登りをしなければならず、作業中は山奥で一人になって孤独を感じるといったものでもあるため、次第に使われなくなってきたものです。ヨーロッパで発展した集材方法ですが、タワーヤーダの導入が進んで、この方式の活躍の舞台は人件費が相対的に安く機械にコストをかけられない東欧や発展途上国へと次第に移っていきました。私がこの方法を初めて見たのは1998年のトルコ北東部黒海沿岸地方においてです(写真-1~3)。ガントナーの単胴集材機を山の上に設置して、吊り上げた材を麓の道路端まで運び出していました。このシステムは索張りが単純である代わりに搬器を係留する必要があり、初期のものはストッパー(「林業機械学(文永堂出版)」の21ページに図があります)を使っていたのですが、トルコでは係留装置を組み込んだコラーの搬器が導入されていて効率的な作業が実現されていました。

写真-1 ガントナー単胴集材機

写真-2 コラー搬器

写真-3 空中に材を吊り下げた長距離集材

 Dictionary.comにはsnubの意味について以下のように書かれており、「繰り出しているロープを突然止める」という意味になっています。なぜこの索張りがsnubbingなのかと言えば、重力によって高速に滑り落ちていく搬器をメインラインによって急制動(急停止)させるからです。

to check or stop suddenly (a rope or cable that is running out)

FAO FORESTRY PAPER 24の20ページにはsnubbing system(図-1)について以下のような説明があります。この説明の中のswingingというのは「2段集材の2段目のことである」と「林業機械学(文永堂出版)」の195ページに書かれています。

This is a typical gravity system. While it can be used in clearcut, partial cut and thinnings, it is usually used for downhill swinging over long distances. The yarder is placed at the upper end and a special gravity carriage is used. The single-operating drum yarder pulls the empty carriage up along the skyline to the logs, and when the carriage is stopped it is locked to the skyline and the snubline is lowered down to the logs. When the logs are lifted, the carriage lock disengages and then the carriage is lowered along to the landing site by gravity, with the carriage and logs kept under control by snubbing.

Intermediate supports are frequently used for this system. Numerous gravity carriages have been developed and are sold under various names - some are relatively simple while others are quite complicated. A radio-controlled carriage is also used in some regions.

The major disadvantages are: relatively low daily production, long set-up and take-down times, especially the movement of the yarder to its operating position and thus the problems with maintenance. In general, it has a limited lateral yarding distance which must be done manually or by use of other equipment. However, it has the advantage that only a one-drum yarder is needed and that it can be used for long swings when the road density is low.


図-1 snubbing systemの索張り(出典:http://www.fao.org/docrep/016/ap356e/ap356e00.pdf)


ここに書かれているように、スナビング式は基本的に下げ荷集材で用いる索張りですが、「林業機械シリーズNo.80 急傾斜地作業に活躍するタワーヤーダとその作業(社団法人 林業機械化協会)」の52ページには「上げ荷専用である」と書かれているのが非常に気になっています。それどころか、スカイラインとメインラインで構成されるタワーヤーダやスイングヤーダの上げ荷集材の索張りのことを(おそらく索張りの形が同じという理由で)多くの人たちがスナビング式と呼んでいることに違和感を持っているのですが、本当にこれでよいのでしょうか?

 トルコで見たような集材システムがヨーロッパ林業の主流から消滅している現在、スナビング式という用語も死語になっていると思います。日本だけがそんなものを使い続けていては海外との技術的なコミュニケーションの障害になるのではないかと危惧しており、その点においてホールラインと同じ問題を抱えているのではないかと思いました。しかし、スカイラインとメインラインで構成される(ヨーロッパでは当たり前の)索張りを実際になんと呼ぶのかというと適切な答えが見つからないというのがまたおもしろいところであり、Mayr MelnhofのSherpa搬器の説明では 2-Cable System(ドイツ語は2-Seil System)と書かれています。北米にはショットガンという呼称がありますが、ヨーロッパではあまり使われていないようです。

 次はいわゆるスラックライン式という索張りについてです。この索張りは2線型ランニングスカイラインと並んで我が国のスイングヤーダで広く用いられているものです。スカイラインを緊張したり緩めたりすることで搬器を上げ下げすることができ、これによって搬器の係留や横取りといった困難を伴う技術的課題を大きなコストや手間をかけずに克服しています。ただ、北米(主に西海岸)ではスラックライン式という固有の索張りが存在している(図-2)ので、我が国のスラックライン式に対してはより一般的な「ライブスカイライン式」(ライブスカイラインの言葉の意味としてはスラックラインとほぼ同義と思われます)という呼称が適当だろうと私は考えています。北米のスラックライン式は緊張や弛緩が可能な動的なスカイライン(ライブスカイライン)とメインラインによって構成されるショットガン式にホールバックラインを付加したものです。ショットガン式が上げ荷集材専用であるのに対して、この方法ならばホールバックラインを使った下げ荷集材も可能になります。「The Dictionary of Forestry(The Society of American Foresters)」には以下のように説明されています。

a live skyline system employing a carriage, skyline, main line, and haul-back line - in a slackline system, both main and haul-back lines attach directly to the carriage; the skyline is lowered by slackening the skyline to permit the chokers to be attached to the carriage; the turn is brought to the landing by the mainline; lateral movement is provided by sideblocking

スラックライン式ではホールバックラインが搬器を横方向に引き出して、そこにチョーカーを直付けすることで横取りを行いますが、その際にはスカイラインを大きく緩める必要があり、それもまたスラックライン式と呼ばれている理由なのかもしれません。

図-2 北米におけるスラックライン式の索張り(出典:http://forestry.mosaictraining.ca/Images/Diagrams/Slackline%20System.jpg)

さて、スラックライン式を上記のように定義した北米においてすら、その意味が揺らいでいるのは日本の状況と同じです。「YARDING AND LOADING HANDBOOK(OREGON OSHA)」の61ページには、スタンディングスカイラインを使ったスラックライン方式が図示されていて、一瞬パニックに陥りそうになります。ここではホールバックラインを使う索張りのことをスラックラインと呼んでいるようで、本来の意味とは異なっているので、おそらくは林業現場が便宜的にそのように呼び始めたのではなかろうかと思っています。

 このように専門用語の意味の厳密性よりも利便性を重視する林業現場が、本来の定義とは異なる使い方をする事例は日本にも見られます。日本のスラックライン式におけるスカイラインが現場に近づけば近づくほどホールバックラインと呼ばれているという事実があり、例えば、徳島県の「新間伐システム作業マニュアル」の7ページにもスカイラインに対してホールバックラインと説明が書かれた図が掲載されています。搬器を上げ下げするためにスカイラインは上下に動きますが、ホールバックラインとは役割が全く異なっており、ホールバックラインと呼ばれている理由が知りたいと思っていました。最近わかった答えは、このスカイラインがスイングヤーダのホールバックライン用のドラムに巻かれているからということで、「その発想はなかった」と衝撃を受けるとともに、林業現場との意思疎通が難しいと感じてきた理由がわかったような気がしました。

 最後に、その他の気になるカタカナ用語について紹介しておきます。架線集材ではバックテンションという用語がしばしば使われますが、backward tensionが正しいのではないかと思っています。リフティングライン(略称LFL)もたいへんよく使われますが、横取りに従事する索にはスキディングラインという一般的な用語があり、リフティングラインは荷を持ち上げる作業に特化した索に対してのみ使うべきではないかと思っています。タイラー系でしばしばリフティングラインが使われるのは、その役割として材を上向きに持ち上げる作業が主であり、横取りは(ホールバックラインが担うので)完全な従であるからではないかと考えています。ちなみに、longmanでliftを調べると下のようになっています。

to move something or someone upwards into the air

リフティングラインという言葉も今ではほぼ日本のエンドレスタイラー式で見られるだけになっており、国際的には死語に近づいているのではないかと思われます。林業工学分野に限らず、森林・林業の業界では国内的にも国際的にも専門用語(terminology)の意味が統一されていないため文字によるコミュニケーションが非常に難しいという問題を抱えており、学問としての体系化もさることながら用語の統一が重要課題となっています。専門用語の定義が揺らいでいることが、林業工学を学ぼうとする若い世代の参入を阻む障壁にもなっており、我が国の林業工学研究が衰退を続けている原因とも言えるでしょう。かつてユンボだのバックホウだのパワーショベルだのと好き勝手に呼ばれていた機械の呼称を建機業界として油圧ショベルに統一したのは歴史的英断だったのではないかと思っており、こういう動きが林業機械にも起こって欲しいと願っています。