2015年9月13日日曜日

土佐の森方式軽架線キットをスイングヤーダで使ってみたらどうなるか?

自伐型林業が日本林業の新たな潮流となりつつあります。近年の日本林業は、欧州林業に負けない生産性を実現しようと、森林組合による林地の集約化、高性能林業機械の導入、そして作業道の整備が行政の補助金を集中投下することで推進されてきました。しかし、それに反旗を翻したのが自伐型林業と言えるかもしれません。

「New自伐型林業のすすめ」(全国林業改良普及協会発行、中嶋健造編著)によれば、New自伐型林業は以下のように定義されています。

New自伐型林業とは、山林所有の有無、あるいは所有規模にこだわらずに、森林の経営や管理、施業を自ら(山林所有者や地域)が行う、自立・自営型の林業であり、限られた森林が所在する地域で暮らし、その森林を永続管理し、持続的に収入を得ていく林業です。

New自伐型林業のすすめ
Posted with Amakuri
中嶋健造 編
全国林業改良普及協会
売上げランキング: 3966

自伐型林業によって活力を失った農山村が蘇生する効果はとても大きなものがありますが、 私は自伐型林業が日本林業の主流になるとは少しも思っていません。むしろ、集約化、基盤整備、機械化こそがメインストリームだと思っており、これらを合理的な判断によって正しい方向に進めて行くべきです。(現状ではそうなってはいませんね。)

「森林・林業・環境機械展示実演会」(一般社団法人林業機械化協会主催)にここ数年毎年参加していますが、会場には多くの林業機械が並び多数の来場者で賑わっているように見えます。しかし、実はそこにある林業機械の多くが海外製であることにお気づきでしょうか?日本の国産林業機械はほぼ終わっています。日本は世界有数の山岳国なのに、主力となるべき国産タワーヤーダはほとんど見られず、その代わりにスイングヤーダが多数展示されています。

日本林業の弱点はたくさんありますが、その一つはスイングヤーダの生産性が低いことにあると思っています。スイングヤーダの現場での使われ方を見ていると、搬器を使わずに直引きが行われているケースがかなり多いのではないでしょうか?これでは生産性が上がるわけがなく、スイングヤーダは搬器とセットで使うことが生産性向上の最初の一歩になります。

日本のスイングヤーダはそれなりに種類があって、どれにしようかと選ぶのに困るほどですが、搬器はほとんど皆無というのが日本林業の不思議です。日本の架線集材は伝統的に複雑な索張りに頼っているので、搬器の高度化についてほとんど実績がありません。このままでは日本の林業が欧州の生産性に追いつくことなどできるわけがないのに、未だ搬器の重要性が認識されていないかのようです。

昨年「2014森林・林業・環境機械展示実演会」へ行って、コマツの展示場でスイングヤーダの説明をきいたのですが、ここでもやはり搬器に関しては全く興味がないようでした。コマツとしての仕事はスイングヤーダ本体を作ることまでで、搬器は林業側の工夫に任せているとのことでしたが、必要なことは建機メーカーと林業サイドの役割分担ではなく、いっしょによいものを作っていくというコラボレーションだと思っています。

写真-1 世界のコマツのスイングヤーダ

写真-2 これでは何もできない残念な搬器

さて、直引きから搬器を使ったシステムへと進んだときに最初に考えられるのはいわゆる日本の「スラックライン式」というシンプルな上げ荷専用の索張り方式でしょう。この方式は必要に応じて上げ下げできるスカイライン(ライブスカイライン)と、スキディングラインを兼用したメインラインから構成されるシンプルなものです。本来搬器にはクランプ機構が必要なのですが、そういう搬器が日本ではなかなか見つからないのです。

図-1 スラックライン式

写真-3 スラックライン式による上げ荷集材

クランプ機構がないと、材を引き上げるのは非常に難しくなります。スカイラインに沿って引き上げる力がかかることで搬器が逃げるので、材の端上げができなくなり、その結果集材中に材が伐根にぶつかったり地面にめり込んだりして、効率よく材を引き上げることができません。

写真-4 鼻上げができず地面を引きずられる材

 図-2 スラックライン式で搬器が上に逃げる状態

端上げをするためには、搬器にひもをつけて立木に結びつけたりキトークリップを使って搬器をスカイラインに固定するなどの工夫が必要になります。


図-3 横取り中搬器を固定することで鼻上げを実現

 写真-5 鼻上げによるスムーズに引き上げられる材

日本にはクランプ機構を持った搬器がほぼ存在しないので、スイングヤーダを導入しても搬器に関してはどうすることもできないわけですが、自伐型林業で使われている「土佐の森方式軽架線キット」(←必見です)の搬器を使ってみてはどうかと思いました。このキットは高知県の綱屋産業株式会社から20万円で販売されています。

この搬器は厚さ1cmくらいの鉄板に穴を開けて、滑車を取り付けただけのものですが、動滑車を使って力を3倍にしているので、小さな力で大きな材を引き上げることが可能になります。そして、この索張りのハイライトは「スラックライン式」でも搬器が逃げないため端上げ集材が可能になることです。そのため簡易な索張りながらスムーズな材の引き上げが可能になります。

 図-4 土佐の森方式軽架線キットによる3倍型の索張り

このような索張り方式は特に新しいものではなく、四国には昔から存在していたという話を高知大学の先生から聞きました。メインラインの一端を搬器に固定して動滑車により引き上げる力を2倍にする方法は徳島県の「新間伐システム作業マニュアル」の6ページにも書かれています。「林業機械学」(文永堂出版、大河原昭二編)に載っているフォーリングブロック式もメインラインの一端を搬器に固定するタイプです。


図-5 動滑車による2倍型の索張り

このような動滑車を使った2倍型、3倍型の索張りをすることで、搬器が逃げなくなり少ない力で重い材が引き上げられ鼻上げでスムーズな集材が実現します。林業技術の進歩には温故知新が必要だとあらためて思いました。過去の埋もれた技術の中に未来の革新的技術のシーズとなりうる要素があるからです。ちなみに、私が今注目しているのは循環型の索道です。

写真-6 現在の島根県益田市にかつて存在した索道

写真-7 現在の島根県益田市にかつて存在した索道

さて、土佐の森方式軽架線キットをスイングヤーダで使ってみる試みが、2015年9月3日に島根県隠岐の島町で開催された「木材生産技術研修会」(隠岐支庁・隠岐流域林業活性化センター主催)で実現しました。このイベントではこのキットを実際に使っている仁多郡林業研究グループの方に道具を持ってきていただき使い方を指導してもらいました。やはり、この搬器をスイングヤーダで使った経験はないとのことでした。

残念ながら、今回の現場では土佐の森方式軽架線キットの3倍型の索張りにはなっておらず、2倍型の索張りになっていました。ただ、このシステムが通常使われている林内作業車やロープウインチと比べてスイングヤーダは強力なので、この方法でも材を引き上げるのに全く問題はなかったです。

写真-6 土佐の森軽架線キットの搬器と索張り

現場で使用されていたスイングヤーダは日立のZAXIS 70+イワフジのTW-232Aです。いわゆるコンマ25クラスの今の時代ちょっと非力かなと思われるものですが、材は引き上げられるのでしょうか?

 写真-7 使用されたスイングヤーダ

最初にトライした短材は直径が大きいものでもわけなく引き上げられました。さすがはスイングヤーダです。

写真-8 林道上に引き上げられた短材

それでは全木材はどうでしょうか?この大きな木まるまる1本がスムーズに林道まで上がってきました。この現場は小面積の皆抜で、傾斜は25~30度の間くらい、集材距離は30~40mくらいでした。横取り距離は最大10m弱だったと思います。

 写真-9 全木材を横取りして引き上げている様子

 写真-10 林道上での荷外し

林道まで引き寄せられた材はスイングヤーダのグラップルで掴んで林道上に完全に引き上げられました。こういう使い方ができることがスイングヤーダの利点ではありますが、実はその間に搬器が止まってしまうので、作業全体の効率は下がってしまうということは意識しておきたいです。オーストリアの集材作業では材をコンビネーション型タワーヤーダのプロセッサで掴んだら搬器はすぐに先山に戻っていくので時間のロスがありません。

 写真-11 スイングヤーダが材を林道上に引き上げている様子

 写真-12 林道上に引き上げられた材

写真-13 チェーンソーで玉切りしている様子

スイングヤーダに土佐の森方式軽架線キットを使う試みはうまくいったと思います。こんな薄い鉄板では無理ではないかという声もありましたが、そんなこともありませんでした。日本の林業機械開発に欠けているのは土佐の森方式軽架線キットに見られる合理性だと思います。材の大径化に対応できなくなっていると言われるスイングヤーダですが、これがあればまだまだ使えると思いました。

林業における集材技術というのは理論や計算では予測ができず、「やってみないとわからない」ことが多々あると思っています。今回は林道のそばでの集材でしたが、この方法はどのくらいの集材距離・横取り距離まで対応できるのかという疑問があります。これもまたぜひやってみたいです。

2015年5月13日水曜日

どうすれば熱帯林の消失を食い止められるのか?

JBPRESSに「日本人こそ知っておくべき熱帯林消失の現状 東南アジアの森林を守るために何が必要なのか」という記事がありました。東南アジアの熱帯林の現状を知るにはたいへんわかりやすい記事で、日本人の豊かな生活のために東南アジアの熱帯林が今も破壊されている事実はこれを読んで知っておくべきだと思います。

ただ、この記事に私にはこれは違うと思われる点があります。しかも、それが「どうすれば熱帯林の消失を食い止められるのか」という肝心なところなのです。この記事の著者が専門外のことを書いているのだから仕方がないのでしょうが、低インパクトを導入すれば熱帯林の消失を食い止められるというのは間違いだと思います。

どうすれば熱帯林の消失を食い止められるのか

アブラヤシ農園や植林地では、バイオマス(炭素のストック)が減少するだけでなく、アジアゾウなど多くの野生動物が暮らせない。植物種の多様性もほぼ消失する。

一方で、熱帯雨林を木材生産に利用する場合には、バイオマスを減らさずに、また野生動物の生息環境を維持しながら木材を生産できる。しかしこのような持続可能な林業を熱帯で営むには、低インパクト伐採(林地へのインパクトを少なくする伐採)を行うための高度な管理技術と、コストに見合うだけの大きな森林面積が必要とされる。
 

こうした林業がマレーシアやインドネシアで行われてはいるが、その担い手は大きな資本力がある企業だ。これに対して、管理が容易で生産間隔も短いアブラヤシやゴムノキは、事業規模にかかわらず収益性が高い。このため、熱帯林が次々にアブラヤシ農園やゴムノキ植林地などに転換されているのだ。

この低インパクト伐採(いわゆるRIL、Reduced Impact Logging)によって熱帯林の消失が防げるなら、それはたいへん喜ばしいことですが、そういうものは実際には林業会社が伐採を続けるための免罪符でしかありません。林業会社は彼らの木材を輸入してくれる先進国に対して、販売を継続するために言い訳をしなければならないことから低インパクト伐採という概念が生まれてきたわけですが、あれこれ言い訳をしながら木を伐採し続けていることに何ら変わりはなく、伐採や集材による森林生態系への攪乱は十分に大きなものです。

実効性のある低インパクトを実現しようにも、熱帯林の巨木を森林生態系へ大きな攪乱を起こさずに経営的に許容されるコストで集材する技術など現時点では存在しないのですから、どうすることもできません。

それでも、現実問題として林業会社もインドネシアの人々も資源を売って食べていかなければならないわけで、どうすればインドネシア人の生活と森林を同時に守れるのかというのは非常に重要な課題です。この一見難解な問題の答えは意外にも日本の森林にあり、日本の森林こそがこの問題を解決した成功事例なのです。その答えは人工林を造成してそれを持続的に利用していくことです。人工林を活用したインドネシアの新たな林業はすでに始まっています。

これまでインドネシアの木材産業はカリマンタン島やスマトラ島など外地の天然林伐採に依存することで利益を上げていましたが、木材利用のための伐採、山火事、オイルパームのプランテーション開発などで資源が枯渇に近づいている天然林に代わって、早生樹人工林からの木材収穫が本格化しています。早生樹人工林のプランテーションによって、天然林の伐採が抑制できるのであれば、オランウータンの生息する森林環境の保全にも寄与できます。

人工林による木材生産を本格化させている香川県に本社のある南海プライウッド株式会社さんの現地法人(PT. Nankai Indonesia)での取り組みを紹介します。

同社のルマジャン工場に隣接してファルカタの植林地(上)があり、一部にはカランパヤンも植えられていました。



ジョンボック(Jombok)植林地におけるカランパヤンの植林風景(上)です。下刈り作業(下)が行われていました。



バナラン植林地では地域住民の土地を借りてファルカタが植林されています。ファルカタの木の下ではアグロフォレストリーの試験が行われていました。パパイヤ(上)、サトイモ(下)が生産されています。



2013年に私がPT. Nankai Indonesiaさんを訪問させていただいたときに以下のようなメモを残しています。このメモは同社を訪問後にインドネシアで取り組むべき研究課題をメモしておいたものです。これはジャワ島の話なので、カリマンタンやスマトラとはまた状況が違うのですが、人工林の利用で熱帯林を守るという試みが成果をあげつつあることは多くの人に知ってもらいたいです。

1. インドネシアではファルカタとカランパヤンのような成長の早い樹種の人工林の利用が急速に進んでいるが、1億4000万人を超える人口を抱えるジャワ島では、人工林を造成するためのまとまった土地を見つけるのは困難である。そこで必要なのは適切な密度管理によって土地面積当たりの収穫量を上げることである。日本にはスギやヒノキで培った密度管理の技術があるので、この考え方をインドネシアの早生樹に応用できる可能性がある。

2. ジャワ島東部の山間部の農家がファルカタとカランパヤンを植え始めていた。これはファルカタとカランパヤンの利用が本格化したここ10年くらいで始まったようだが、田んぼや畑よりも収益が上がるのかどうかが興味深い。そのような農家の一部ではアグロフォレストリーも実践されているが、樹木の下で農作物を育てようとすれば、人工林の密度をある程度緩和する必要があり、密度管理による土地利用の最適化を考えなければならない。このような農林業の複合経営を行っている農家の経営分析を行うことで、早生樹の育成を採り入れた山村発展モデルを考えてみたい。

3. ファルカタとカランパヤンのような早生樹は必ずしも平地に植えられているわけではなく、斜面に植えられた木の効率的な搬出方法を考えなければならない。インドネシアでは近年労働者の最低賃金が急上昇しており、いつまでも人海戦術に頼った作業を続けることは経営的に不可能だろう。インドネシアの人工林の収穫作業をコストと環境を勘案しながらどのようにして機械化していくかはインドネシア林業の重要な課題である。

2015年4月4日土曜日

林業経営の損益分岐点を考える(その2)

この記事では前の記事に続いて損益分岐点について理解を深めていきます。

下の図のように

売上高=変動費+固定費+利益

という式が成り立つことは明らかです。ここから経営分析が始まります。


固定費と利益の和を限界利益(あるいは貢献利益)と言います。つまり

限界利益=固定費+利益
限界利益=売上高-変動費

という式が成り立ちます。さらに、売上高に対する限界利益の比率を限界利益率と言います。つまり

限界利益率=限界利益÷売上高

となります。


経済学における限界利益の概念はどういうものなのかと言えば、売上高が1単位増加したときの利益の増分を意味しています。簡単に言うと、丸太を1本12,000円で仕入れて、それを柱にして1本20,000円で売るとき、限界利益は8,000円になります。このとき限界利益率は40%になります。限界利益は英語で「marginal profit」、限界利益率は「marginal profit ratio」というそうです。つまり、限界というのはmarginalの日本語訳なのですが、昔の人はなんと素敵な日本語訳をしたものなのだろうかと思われるのです。

さて、売上高に対する限界利益の比率が限界利益率でしたが、売上高に対する変動費の比率を変動費率と言います。

変動費率=変動費÷売上高

です。

それでは損益分岐点はどのようにして求められるでしょうか?最初に出てきた式(売上高=変動費+固定費+利益)において、利益がゼロのときの売上高が損益分岐点です。

売上高=変動費+固定費+利益

の式において、変動費=売上高×変動費率であるから

利益=売上高-売上高×変動費率-固定費

ここで利益=0、売上高=損益分岐点とすると

損益分岐点=固定費÷(1-変動費率)

となります。

それではここで問題です。以下のような年間生産量10,000m3の林業事業体の損益分岐点はいくらになるでしょうか?

売上高=10,000m3×10,000円/m3=100,000,000円
変動費=10,000m3×6,000円/m3 =60,000,000円
固定費=30,000,000円
利益=10,000,000円

その答えは以下の計算により、7,500万円ということになります。

30,000,000÷(1-0.6)=75,000,000円

こちらに損益分岐点グラフ診断というものがあったので、やってみました。確かに、損益分岐点は7,500万円になります。


この図にFM比率(75%)というものがありますが、固定費(fixed cost)の限界利益(marginal profit)に対する比率で、この比率が低ければ低いほど事業の収益構造が優れているということになります。例えば、FM比率が50%のときには1年分の固定費を回収するのに半年かかることを示しています。

2015年3月23日月曜日

林業経営の損益分岐点を考える

なぜヨーロッパの林業は儲かっているのに日本の林業は儲からないのでしょうか?日本は人件費が高いからとか傾斜が急だからとか、これまでいろいろ言い訳がなされていましたが、本当にそうなのでしょうか?

日本の林業はヨーロッパをお手本に機械化(いわゆる高性能林業機械の導入)を推進してきましたが、高性能林業機械が普及してもヨーロッパのような儲かる林業にはなっていません。それはなぜなのでしょうか?

林野庁が推進する林地の集約化や高性能林業機械の導入といった政策に反旗を翻した自伐林業が盛り上がっています。自伐林業と機械化林業はどちらが正しいのでしょうか?自伐林業に日本林業の未来はあるのでしょうか?

このような問いに対する答えは林業経営における損益分岐点を使えば簡単に出てきます。損益分岐点というのは事業を行う経営者であれば誰もが常に意識しておくべきものですが、実際には林業経営はまだまだ経験と勘とどんぶり勘定の世界です。

なお、これから書いていることはまだ仮説の段階で、今後何らかの方法で検証しなければならないと思っています。グラフには数値が入っていませんが、現実の経営データを使って数値を出したら、研究としてもおもしろそうですね。

それでは、損益分岐点の説明の前に事業の経費には固定費と変動費があるということの理解から始めましょう。

固定費(図-1)は販売や生産数に関係なく一定に発生する費用のことで、売り上げがなくても発生します。林業事業体における固定費とは正職員の給与、林業機械の減価償却費・リース料(長期)・修理費、事業所の水道光熱費等です。

図-1 固定費

変動費(図-2)は販売や生産数に応じて変動する費用のことで、売り上げがなければ発生しません。変動費は契約職員(日当払い)の給与、請負業者への外注費、林業機械のレンタル費(短期)・燃料費等です。

図-2 変動費

固定費と変動費の和が経費で、これを図に示すと下の図-3のようになります。

図-3 経費の内訳

この図-3において、売上高に応じた固定費と変動費の和を総原価線とし売上高線を入れたときに、総原価線と売上高線が交わる点が損益分岐点となります。これを示したのが下の図-4です。

図-4 損益分岐点

この図からわかるように売上高が少ないときは固定費すら賄うことができない赤字の状態です。売上高が損益分岐点を超えると利益が生じるようになります。林業経営を考えるときは売上高を生産量と考えてもいいでしょう。

さて、事業形態には労働集約型と資本集約型のという2つがあります。労働集約型の経営は生産効率を高めるための投資をせずに労働力を大量投入した生産を行います。人件費の安い発展途上国ではそれでもよいのかもしれませんが、人件費の高い先進国でこのような経営を行えば生産コストが高くなり国際競争に負けてしまうでしょう。それゆえに、先進国では生産効率を高めるための投資を行って、資本集約型の経営に移行していくわけです。

労働集約型の経営では変動費の割合が高いため、すなわち図-4における総原価線の傾きが大きいため、経営規模を拡大して売上高を増やしても利益がなかなか増えません。この総原価線の傾きを変動費率と言い、労働集約型の経営では変動費率が高くなっています。

一方資本集約型の経営では固定費の割合が大きくなるものの変動費の割合が小さいため、すなわち図-4における総原価線の傾きが小さい(変動費率が低い)ため、経営規模を拡大して売上高を増やせば、それに応じて利益が増大します。

労働集約型産業の典型が日本林業と言えるのではないかと思います。一方、資本集約型産業には生産設備の自動化が進んだ製造業のみならず鉄道や航空などもあります。例えば、鉄道は設備投資は膨大になります。つまり、列車を動かし切符を販売して乗客を運ぶという鉄道事業には売上高にかかわらず、高い固定費がかかっています。一方、鉄道事業では乗客が増えたからといって、それだけ変動費も増える構造にもなっていません。列車を満員にして乗客を運べば、運賃収入の増分はほとんど鉄道会社の利益となります。

航空会社も鉄道と同じでしょう。航空機の座席を埋めれば埋めるほど、運賃収入の増分はほとんど航空会社の利益となります。ゆえに、搭乗率を上げることが航空会社の経営にとって生命線になっています。そこには、空気を運ぶよりは値引きしてでも座席を埋めた方がいいという考えが生じます。マイレージで無償航空券を与えても、空席を埋めるだけなら航空会社にとっては痛くも痒くもないということにもなります。

さて、林業に戻って自伐林業と欧州林業と日本林業の損益分岐点をそれぞれ図-5、6、7に示しました。

自伐林業は機械投資をほとんどしないので、図-5のように固定費はとても小さくなりますが、作業のほとんどを労働力に頼るので変動費率が高くなります。このような自伐林業の特徴は損益分岐点が低くなるため売上高が少なくても黒字になるということです。それゆえ、小規模な林業事業体でも利益が出せます。逆に、小規模な林業事業体で利益を出すには自伐林業のように林業機械への投資を抑制した経営をするしかないとも言えるでしょう。自伐林業のまま(機械投資を抑制したまま)経営規模を拡大して売上高を増やしても、利益はほとんど増えないということもわかります。

図-5 自伐林業の損益分岐点

自伐林業の対極にあるのが高価な林業機械を導入して生産効率を上げている欧州林業です。図-6のように林業機械が高額であるため固定費が高くなり、損益分岐点となる売上高もかなり大きなものになります。経営規模の大きな事業体でなければ高額な林業機械を導入しても利益が出ないという常識的な印象の根拠はここにあります。欧州林業では機械化によって生産効率も高くなっているので、変動費率が低いことが特徴となっています。それゆえ、経営規模を拡大して売上高を大きくすれば、それによって大きな利益が発生するのです。欧州林業では経営規模の拡大と機械化による生産性向上によって儲かる林業が実現されていますが、それは資本集約型産業に近づいていると考えることもできるでしょう。

図-6 欧州林業の損益分岐点

それでは日本林業はどういう経営構造になっているのでしょう?図-7のように、欧州林業ほどではありませんが、いわゆる高性能林業機械を導入することによって固定費がやや大きくなっています。固定費は自伐林業よりも大きく欧州林業よりも小さいレベルと考えてよいでしょう。問題は変動費率です。高性能林業機械を導入してもそのコストに見合うほど生産性は上がっていません。未だに頑なに集材機(エンドレスタイラー)を使っている林業現場がたくさんありますが、その方が生産性が高いと信じられているからです。

図-7 日本林業の損益分岐点

残念ながら日本の高性能林業機械はあまり性能が高くなく、実態は「低性能林業機械」と言ってもいいようなものばかりです。そのような林業機械が作業道という著しく狭い作業スペースとミスマッチを起こして、欧州並みの生産性は実現できなかったと考えています。また、近年になってようやく集約化が始まりましたが、高性能林業機械の導入により損益分岐点となる売上高が高まっているというのに、生産規模が小さく売上高が上がらないので補助金なしでは黒字にはならない状況です。たとえ、集約化を進めて生産規模と売上高を増やしても、今のように生産性が低いままでは利益が増えないことは変動費率の高い図-7からわかります。

日本林業を儲かる産業に変革するには、高性能林業機械に投資するにあたって、それに見合った生産性の向上が伴う必要があると言えます。それと同時に、経営規模を拡大して売上高を増やさなければならないことが、このグラフから一目瞭然です。その両方が同時に実現できないのなら、自伐林業のような機械に大きな投資をしない労働集約型小規模経営の方が、晩酌をするだけの利益が出るだけまだ有利であると言えるでしょう。

2015年3月8日日曜日

隠岐諸島・知夫里島のタヌキと牛と人と木と

先日隠岐諸島の中で唯一行ったことのなかった知夫里島に行ってきました。知夫里島は秘境の中の秘境と言われており、行ったことのある人は島根県民でも少ないと思います。

最初に行ったのは赤ハゲ山です。標高325mの知夫里島最高峰である赤ハゲ山展望台からはは西ノ島を見ることができました。この展望台の周囲は放牧地になっており、木は生えていません。ここは春になると野ダイコンのピンクの花が一面に咲くのだそうです。


このとき牛はいなかったのですが、人に慣れたタヌキがうろうろしていました。知夫里島には本土から連れてこられたタヌキが繁殖して、農作物へ多大な被害を与えているそうです。駆除しようにも動物愛護団体の圧力でできないのだとか。 こういう問題は日本各地で起こっていますね。どうせ駆除できないのなら、タヌキの島として観光の目玉にした方がいいかもしれません。タヌキ汁にしたらいい かもと思ったのですが、臭くてまずいらしいですね(笑)。


さて、次は知夫里島最大の見所である赤壁(せきへき)に行ってみました。赤壁へ続く歩道には入口は牛が入れないようになっていました。ここは隠岐世界ジオパークのハイライトです。遊覧船に乗って海から赤壁を見ることもできるのだそうです。



昼食はホテル知夫の里のレストランで食べました。この島で食事をできるところはここを含めて2ヶ所しかないそうです。名物のサザエ天丼を食べてみたのですが、ちょっと微妙でした。もっとどっさりサザエが入っていたらいいのにと思いました。ここにはサザエカレーもあります。


知夫里島ではスギやヒノキの植林が行われていますが、広葉樹の大きな木を残して、その間に植えています。土が悪いのと放牧の影響を受けて木の生育は非常に悪そうでした。特にヒノキは牛の食害などでほとんど育っていないようです。


下の写真のようにヒノキの幼木が残っているところがありましたが、どれもトゲのあるツタのようなものが絡まっていて、おそらくはそのために牛が近づかなかったのではないかと思いました。


ここで私が思ったのはなぜヒノキを植えたのかということです。ヒノキは放牧牛に食べられたり踏まれたりしてうまく育たないというのは過去の林間放牧の知見では常識だと思っていました。

一方スギは牛がトゲを嫌うので成功事例が多いです。宮崎県諸塚村では実際に造林地の下刈りのために牛を利用しています。ただし、牛の密度管理だけは徹底しており、牛を過密にしないことがスギの幼木を守るカギとされています。

車で走っていたら我が物顔で牛が道をふさいでいました。この島で造林がうまくいかないのはやはり牛が過密になっているせいもあるのではないかと思います。牛の頭数と放牧地の分布や面積を調べて、適切な放牧管理の方法を提案できるのではないかと思いました。


ここでは牛はしばしば有刺鉄線の中で放牧されていましたが、宮崎県などでの近年の成功例を見る限り、電気牧柵というキーテクノロジーが効果を上げていま す。電気牧柵を機動的に張り巡らせることで、牛の頭数管理の徹底にもつながるのです。牛はとても賢いので、一度電気牧柵に触れさせると学習効果が働き、二度と電気牧柵には近づこうとしなくなります。そのため電気が流れていなくても、牛は逃げないという話を聞いたこともあります。


この旅行を通して知夫里島の放牧管理が非常に重要だと思いました。このまま何も対策をせずにスギやヒノキを植えたところで成果は生まないだろうと思うのです。知夫里島はタヌキと牛と人と木の関係を考えたくなる島でした。