2018年2月7日水曜日

架線集材の日欧コンセプト比較から我が国の架線集材技術の課題について考えてみた

 我が国では1990年代にヨーロッパのタワーヤーダをコピーした「タワー付き移動式集材機」が数多く開発されましたが、それらは林業現場に定着することなく、スイングヤーダに置き換えられていきました。当時の国産タワーヤーダは、移動式の車両にタワーとウインチを搭載しているというヨーロッパのタワーヤーダの形だけをコピーしたもので、そのコンセプトがどういうものなのかは十分に理解されていなかったと考えています。

 我が国の林業界に当時広く普及したリョウシンタワーヤーダですらヨーロッパのタワーヤーダの本質を理解して作られたものとは思えません。その最たる欠陥が今日までスイングヤーダに受け継がれているランニングスカイラインという索張りです。ランニングスカイラインはアメリカとノルウェーで普及した索張りです。アメリカでは枝分かれ型スラックプリング搬器により、ノルウェーでは同軸3室ドラム型搬器により、スキディングラインの巻き出し(荷掛けフックの強制降下)が可能になっています。

 一方、メインライン(ホールラインはほぼ和製英語のため、ここでは国際的に一般的な呼称であるメインラインと書きます)とホールバックラインの2線で構成される日本のランニングスカイラインの索張りは、名著として知られる「林業機械学」(大河原昭二編、文永堂出版)においてはイサアクセン式という名称が与えられています。この索張りはノルウェーにおいてトラクタの2胴ウインチを用いた簡易集材システムとして使われたもので、ランニングスカイラインの一種ではありますが、アメリカやノルウェーで一般的なランニングスカイラインと同一ではありません。スラックプリング機構が省略された簡易集材システムなので、下げ荷集材ではメインラインを斜面上方へ人力で引っ張る必要があり、荷掛手の労働負荷が大きくなって横取りは困難を極めます。特に、集材距離が長くなれば横取りはほぼ不可能になります。

図-1 イサクセン式(日本型ランニングスカイライン)の索張り

図-2 イサクセン式(日本型ランニングスカイライン)の搬器

図-3 ノルウェーの同軸3室ドラム型搬器

 我が国において、列状間伐などというガラパゴスな集材方法が流行った理由もこのイサアクセン式の索張りにあったものと思われます。下げ荷集材時の横取りが困難なのは先に述べた通りですが、上げ荷集材時にも搬器を着地させて横取りを行っていたので、いわゆる定性間伐では横取り時に残存木に対して衝突や損傷が生じて、生産性も全く上がらないという日本固有の問題が生じました。その問題に対する解決策として列状間伐は適切なものだったと考えています。

 一方、ヨーロッパの主索(スカイライン)・メインライン・ホールバックラインを使う3線式の索張りでは、定性間伐の横取りはそれほど困難なものではありませんでした。それは、スカイラインが太く係留装置があるので、横取り時の搬器の位置にほとんどぶれがなかったからと考えられます。荷掛けフックの強制降下が可能であるため荷掛手の労働負担が小さく、スカイラインと直角方向に集材木を横取り(最短経路で横取り)するという無理な作業をしないですむことも残存木の損傷が起きにくい理由だと考えています。ヨーロッパのタワーヤーダでは搬器を無線で操作し、元山と先山でコントロールの権限を交代するものがありますが、これを使うと荷掛手が目前で集材木を自在にコントロールできるので、残存木の損傷は発生しにくくなります。

図-4 左:残存木の損傷が発生しにくい横取り方向;右:残存木の損傷が予測される横取り方向

 さて、名著「林業機械学」にはイサアクセン式(日本型ランニングスカイライン)は上げ荷集材に適していると書かれているのですが(下げ荷集材に適していないのは確かですが)、これには重要な点が欠落していると指摘しておきたいです。上げ荷集材においても、メインラインとホールバックラインを同調させながら材を引き寄せますが、ホールバックラインが集材方向と逆向きの力(和製英語ならバックテンション)を絶えずかけていることから、現実には材を引き寄せる力が著しく制限されます。もう一点気になるのは、スイングヤーダのメーカーや機種にもよるのかもしれませんが、インターロックを使うと油圧を2つのドラムで消費するため、材を引き寄せる力が弱くなる現象が見られるということです。

 近年、大径化する材がスイングヤーダで引き上げられないという問題が顕著に起こっていますが、実はスイングヤーダのウインチの直引力からみたポテンシャルはそんなに低いわけではありません。実際に、スカイラインとメインラインで構成されるいわゆるスラックライン式(動滑車2倍型)の索張りで上げ荷集材をすると、0.25クラスのスイングヤーダで全木材がいとも簡単に引き上げられました。つまり、大径化する材への対応を困難にしているのはスイングヤーダの非力さではなく、インターロックを使うイサアクセン式の索張りが大きいのではないかと考えられます。

図-5 スラックライン式(動滑車2倍型)

 日本とヨーロッパの山岳地における地形の違いにも着目する必要があります。ヨーロッパの地形が真っ直ぐであるのに対して、日本の地形はしわやひだが多数見られます。それゆえ、日本の山岳地を車で走ると谷と尾根を次々に横切ることになりますが、ヨーロッパではそういうことはあまりありません。確認のために、日本の島根県の山間部とオーストリア中央の山間部のGoogleマップの写真を比べてみていただきたいです。そして重要なことは、日本とヨーロッパの索張りはそれぞれの地形に合わせて発展してきたということです。


図-6 島根県の山間部


図-7 オーストリア中央の山間部

 例えば、日本の集材機で典型的な索張りであるエンドレスタイラー式ですが、その主索はしばしば谷筋に張られます。お椀状になった小流域の谷筋に主索を張ると地面とのクリアランスが確保できるため、集材作業には非常に有利になります。なぜクリアランスが確保できるのかと言えば、谷頭は侵食前線なので斜面が急に落ち込んでいるからで、実際に地形図の等高線を見てもこのような遷急線が随所に確認できると思います。

図-8 エンドレスタイラー式の索張り

図-9 谷頭の遷急線により地面とのクリアランスを確保

 このように主索を谷筋に張った場合、荷掛手はしばしば横取り時に荷掛けフックを持って斜面を上る必要が生じます。しかも、谷の幅が広くなる中央部ではその歩行距離も長くなります。搬器に強制降下を行う仕組みがないため、荷掛けフックの重量も大きなものになります。そこで、我が国の伝統的な索張り技術ではエンドレスタイラー式に見られるように、ホールバックラインによる動力引込み型の架線技術が重宝されたのだろうと考えられます。

図-10 谷の幅によって横取り距離が変化

 一方、タワーヤーダが主流のヨーロッパの索張りは林道に沿って一定の幅ごとに搬出を行うというものです。主索の左右30mの幅で搬出を行うならば、60m間隔で張り替えを行うことになります。このような集材方法を尾根や谷が入り乱れる日本の山岳地で行うと、横取り時に荷掛手や集材木が尾根や谷を越えなければならない状況が発生するため合理的とは言えません。我が国においてかつてタワーヤーダの導入に失敗した理由には、このような地形要因があったことは、今まで見落とされていたのではないかと思っています。

図-11 一定間隔で張り替えを行うタワーヤーダによる集材

 ヨーロッパでは、日本の伝統的な索張り技術と違って谷筋に主索を張るわけではないので、地面とのクリアランスを確保するために中間サポートが不可欠となっています。短距離集材が主流の我が国のスイングヤーダとは違って、中距離集材が主流であるため、途中で生じる地面の傾斜変換に対しても中間サポートで対応します。ヨーロッパのタワーヤーダを導入するとほぼもれなく中間サポートが付属していますが、我が国において谷地形を巧みに利用して主索を張ることができるならば、その必要性は低いとも言えます。我が国におけるタワーヤーダの索張りは、むしろ谷筋に張った方がよいとも言えるでしょう。

図-12 中間サポートが不可欠なヨーロッパの中距離集材

 日本とヨーロッパの架線集材の基本コンセプトにはまだまだ多くの違いがあります。例えば、ヨーロッパでは重力を最大限に活用した高速かつ省エネな集材技術が伝統的に存在していますが、我が国では重力を味方にするという考えは希薄だったのではないかと思っています。スイスのWyssen社の伝統的集材システムは単胴ウインチを山の上に配置して材を空中に吊り下げて重力で高速な下げ荷集材を行うことで知られています。現代ヨーロッパのタワーヤーダによる上げ荷集材でも重力によって搬器を超高速で先山に送り出しています。

図-13 Wyssen集材機の索張り図(出典:https://www.wyssenseilbahnen.com/wp-content/uploads/2017/09/jp-hauptprospekt-2017.pdf)

 ヨーロッパの重力を使った下げ荷集材の中でも、イタリアのSeik社の集材システムは、移動式集材機を(Wyssen社のように山の上ではなく)麓に配置して、主索・メインライン・ホールバックラインで洗練された下げ荷集材を実現しています。図-14~17の写真は、スイスで行われていた下げ荷集材の作業風景です。(これらの写真は京都大学・長谷川尚史先生にご提供いただきました。)

図-14 長距離の下げ荷集材の索張り

図-15 移動式集材機(屋根付きで便利)のLUX 1800

図-16 Seik社の搬器SFM 30/60


図-17 元柱は移動式の人工支柱

 重力を利用することは自動車業界で近年急速に進化している電動化でも非常に有利になります。搬器の降下時に蓄電を行う動力回生装置を使えば燃料補給のコストや手間が削減できて、エネルギー・環境・労働負担の観点でも優れた集材作業が実現できるからです。

 ヨーロッパで効率のよい中長距離集材が実現できているのは重力を最大限に利用して集材を行っているからですが、我が国の国産タワーヤーダはゆっくりとしたスピードでしか搬器を送り出せないのにドラムの容量だけはヨーロッパ並であったりとちぐはぐなスペックでした。スイングヤーダにおいても重力による搬器の高速な送り出しが望めない日本型ランニングスカイライン(イサクセン式)がメーカーのデフォルトであり、それゆえに生産性の向上が実現できていません。

 我が国の林業界に広く普及しているスイングヤーダの生産性を飛躍的に高めて、欧州のタワーヤーダの8割の生産性を実現するために何をすべきか、ようやく答えが見えてきたと思います。ヨーロッパで主流の係留装置のある搬器が存在しないに等しい我が国において今できることは、上げ荷集材においては、スラックライン式(動滑車2倍型)、下げ荷集材においてはフォーリングブロック式を用いることです。スラックライン式(動滑車2倍型)の搬器は自作も容易です。フォーリングブロック式では主索に加えて、メインラインとホールバックラインが必要となるため、2胴ドラムが標準のスイングヤーダでは主索を立木間に張らなくてはならないのが弱点です。

 図-18 ターンバックルで自作したスラックライン式(動滑車2倍型)用の搬器


図-19 フォーリングブロック式

 機械開発においては、無線操作の係留装置を備えた搬器の開発が必要です。スイングヤーダの3ドラム化(主索・メインライン・ホールバックラインに対応)によってヨーロッパと同様の重力を使った索張りが実現できれば、日本林業は生産性においてヨーロッパと互角に勝負できる可能性があります。中長期的には、ランニングスカイラインと決別した新たな国産タワーヤーダの開発が不可欠でしょう。ヨーロッパのタワーヤーダは高性能ですが、輸入業者がマージンを取っているため国内価格が高く、それではヨーロッパの林業と前提条件で負けてしまうからです。

 我が国の林業界では、新たな林業機械を導入しようにも、選択肢はほとんどない状況が長期に渡って続いています。林業現場が必要とする林業機械が作られていないのです。林野庁の予算で新規開発された林業機械は、必要性の観点では例外なく「外れ」で、油圧式集材機とか自走式搬器とかグラップル搬器といったものをいったい誰が必要としているのだろうかと疑問に思っています。日本の中小企業には高度な技術の蓄積があるので、作ろうと思えば何だって作れるのに、作るものを間違っているというのが問題です。

 最後に、定性間伐の下げ荷集材については、最新鋭のヨーロッパのタワーヤーダをもってしても急傾斜地となると容易ではありません。その対策として、H型架線や三角架線で知られる平面型架線の活用が考えられます。次世代の平面型架線のアイディアについては、また改めて報告したいと思っています。