それでは、これから高性能林業機械の蟻地獄の実態を計算によって解き明かしていきましょう。この検証作業には林野庁が無料公開している「森林総合監理士(フォレスター)基本テキスト」のデータを一部使わせていただいています。
さて、表-1は高性能林業機械3点セット(補助率50%で購入)の直接事業費ですが、これによると年間2826.5万円の費用が発生することがわかります。これらの機械を使って作業を行うとどのくらい利益は出るのかについて、これから計算していきます。
表-2は高性能林業機械3点セットの機械を使った場合の標準的な生産性と機械稼働率と作業員数を示しています。これらの数値はシステム生産性(3台の機械を連携させた作業の生産性)を計算するのに必要な前提条件です。
システム生産性については「機械化のマネジメント」(全国林業改良普及協会発行)に書かれていますが、重要な考え方なので、ここでもまとめておくことにします。
図-1は林業機械の連携作業の基本形となる「完全直列作業」の流れです。伐倒が終わったら集材作業を開始し、それが終わると造材作業に移るという流れになっています。伐倒・集材・造材作業を並列的に行わないため、全体の集材効率(システム生産性)は非常に低くなっています。
図-1 完全直列作業の流れ(文字の説明は図-4)
図-2は伐倒・集材・造材作業の一部を並列的に行う並列作業の流れです。このように複数の作業を同時に行うことによってシステム生産性を高めることが可能になり、同時作業は林業機械の連携作業において生産性改善の王道と言えるものです。
図-2 並列作業の流れ(文字の説明は図-4)
図-3は伐倒・集材・造材作業を完全に並列的に完全並列作業の流れです。この場合にシステム生産性は最大になりますが、これはシステム生産性の理論的な最大値と考えてよいでしょう。
図-3 完全並列作業の流れ(文字の説明は図-4)
図-4 変数の説明
図-5は完全直列作業時のシステム生産性の計算式です。1㎥の木を伐倒・集材・造材するのに要する時間はそれぞれ1/PA、1/PB、1/PCなので、システム生産性P0はこのような式(材積/全作業の生産時間)で計算されることになります。
図-5 完全直列作業時のシステム生産性の計算式
図-6は並列作業時のシステム生産性の計算式です。TA、TB、TCは完全直列作業時も並列作業時も変わらないことから、図-7のように式を変形することにより、システム生産性PSは計算されることになります。
図-6 並列作業時のシステム生産性の計算式
図-7 並列作業時のシステム生産性の計算方法
表-3は高性能林業機械3点セットのシステム生産性、労働生産量、年間生産量を求めたものですが、システム生産性は1.8㎥/hから3.5㎥/hの間で変化しています。実際のところ、その変化はあまり大きくなく、連携作業をいくら頑張っても高が知れており、その最大値は結局スイングヤーダの生産性に一致することがわかります。
表-3 高性能林業機械の3点セットのシステム生産性、労働生産量、年間生産量
この表によると、年間生産量は1,629.3~3,150㎥しかなく、1㎥あたり10,000円としても売上は1,629.3~3,150万円しかありません。これでは表-1の直接事業費を賄うのが精一杯で、事務所経費などの間接事業費はほとんど出せないので、事業としては確実に赤字になってしまいます。これこそが高性能林業機械の3点セットを導入しても利益が出ない事業構造であり、「はたらけど はたらけど猶 わが生活楽にならざり ぢつと手を見る」利益なき蟻地獄に陥ってしまうのです。
私が「スイングヤーダをどげんかせんといかん」といつも言っているのは、スイングヤーダの生産性を改善することなくしてシステム生産性は上がらないからですが、スイングヤーダの代わりにグラップルによる車両系集材を行うことで一部の事業体が利益を出していることは希望の光であると言えます。そこで、グラップル集材を行ったものと仮定してスイングヤーダの生産性を7.0㎥/hと2倍にして計算してみました(表-4)。
表-4 グラップル集材時の標準的な稼働条件
表-5によると、グラップル集材によって年間生産量を最大5,400㎥まで増やすことが可能になり、売上は5,400万円にまで増加します。これによって、事務所経費などの間接事業費も賄えるようになる可能性が見えてきます。つまり、スイングヤーダをなんとかすれば赤字にはならない程度に利益が出せるということです。
表-5 グラップル集材時のシステム生産性、労働生産量、年間生産量
さて、ヨーロッパのコンビネーション型タワーヤーダ(図-8)は、スイングヤーダが行っている集材作業とプロセッサが行っている造材作業を同時に行い、グラップルローダーを搭載したトラックで直接材を運び出すので、フォワーダ運搬をする必要がありません。機械の連携を増やすとシステム生産性は下がる一方ですが、この場合システム生産性を計算する必要もありません。
図-8 Mayr-Melmhofのコンビネーション型タワーヤーダSyncrofalke(出典:http://www.mm-forsttechnik.at/de/syncrofalke/performance.php)
このコンビネーション型タワーヤーダの直接事業費を試算したものが表-6になります。これによると、コンビネーション型タワーヤーダを8,000円と見積もっているのに、直接事業費は高性能林業機械3点セットの場合(表-1)よりもむしろ低くなっています。
表-6 コンビネーション型タワーヤーダの直接事業費
この表からわかることは、コンビネーション型タワーヤーダでは2人作業が可能になることで人件費が半分になる効果が非常に大きいということです。日本の高性能林業機械3点セットの問題は、機械価格だけでなく人件費も同時に高くなって、直接事業費を大幅に押し上げています。8,000万円の林業機械は高くて償却できないと思っている人も多いでしょうが、実は直接事業費は高性能林業機械3点セットの方が高いことにも注目してもらいたいです。
表-7はコンビネーション型タワーヤーダを使った場合の標準的な生産性と機械稼働率と作業員数で、これに基づいてシステム生産性、労働生産性、年間生産量を計算したものが表-8になります。コンビネーション型タワーヤーダはなんと年間13,500㎥の材を生産でき、1億3,500万円の売上を見込むことができます。つまり、直接事業費は高性能林業機械以下であるのに、売上高はその何倍にもなるのです。これでは日本の高性能林業機械は全く太刀打ちできません。
表-7 コンビネーション型タワーヤーダの標準的な稼働条件
表-8 コンビネーション型タワーヤーダのシステム生産性、労働生産量、年間生産量
ヨーロッパには高規格な林道があるけれども、日本にはそういう林道がないからコンビネーション型タワーヤーダは使えないという主張は正しいです。しかし、ヨーロッパの林道網も一夜にしてできたわけでなく、長い年月をかけて社会資本として蓄積されてきたものです。林道網の構築には時間軸を考える必要があり、どれだけお金を投入しても一朝一夕にはできません。「ローマは一日にして成らず」なのです。
それなのに、現代の日本林業は使い捨ての作業道に補助金がばらまかれ、林道という社会資本の蓄積をほとんど放棄しているように見えます。これでは10年後も、20年後も、30年後もヨーロッパの林業と勝負することはできません。それではいつから林道の整備を始めればよいのでしょうか?「今でしょ!」がその答えです。